連作「烏たちのいる風景」 堀 剛
死に至るまで忠実であれ。
そうすれば、いのちの冠を与えよう。
黙示録2章10節
1
血に濡れて
カナリアが死に続けている
五〇万光年
一〇〇万光年が
愛という愛のすべてを届け終えるまで
カナリヤの涙ばかりが川となり
川は泣き続けている
2
壁に飾られた地獄の絵画の中を
失意の伝説は落ちて行く
黒潮を行き
死人の語りつぐ岸辺なき海を行き
地獄に至る
黒い機械の連絡の中で
一つの生と一つの死に
地獄では何が残されるのか
死人のように援れる並木たち
死んだ瞳のような少女が一人たたずむこの町に
旅人は着き
旅人は去り
地獄と呼ばわる失意の土地に
女は何を夢見るというのか
お前の探した愛も
誰一人、伝える男の姿もなく
ただ、赤く焼けた空の中に
老いた姿を映しながら
死ぬこともなく生きのびて行くという
長く続く列島も
夕暮れの赤の中に自らを投じ
失意があり
絶望があった
今、ここに伝説のすべてが終る
空に烏が泣き
ただそれだけが
地獄の地の始まりという
3
冬の風が顔を洗い
昏い町をいくとき
遠くへと私はあなたを探していた
時の空洞に私の声と声が縺れ合い
静まり返った夜にこそ
あなたの死んだ町に
血を流した烏は女のように啼くという
烏よ、おまえに心があるのなら
伝えて欲しい
争いがあり、失意があり
血に汚れた風土の伝説を
愛は乾き
今は時すらも巡らぬという
烏よ、死に導かれた私の恋人のもとへ
お前の啼く声は伝わるか
死が近いおまえの羽々たきのように
恋人の姿は蘇えるか
咽の乾き
血の湧き立ち
私に終りの来る前に
烏よ、おまえに告げようか
失意があり
争いがあり
血に汚れた風土の伝説を
烏よ、静かな私の心に
おまえの啼き声を伝えてくれ
恋人の眠ると聞いたこの町の
おまえの淋しい啼き声を
せめては、その夜も啼いたであろう
淋しい啼き声を
4
烏たちの町に着くと
地球と月の止り木で
烏たちが今日も目を光らせている
烏たちは喰い合い
殺し合い
羽を広げる隙間すらもなく
死骸と死骸の上を
烏たちはひしめき合っている
川は流れ
一つの川が
一つの川と
失意の川が
涙の川と
互いに縺れ合った川の心から
血は飛び
血は流れる
おお、純潔なカナリヤよ
おまえの愛の住家は見つかったか
おまえの愛は行きつくのか
ああ、孤独なコンドルよ
おまえの羽は雄大な山脈を越え
世界は、烏たちは羽々たいたか
烏たちの町は
烏たちの世界は
止り木という止り木
火山の火口に海が涌く列島へ
烏の神は創造し
烏の神は撲殺を続けたか
烏たちよ
峡谷の湖にて
おまえたちは二千と三億の年月を待ちぼうけているのか
失意と涙の川の細波が
ガラスのように静止する
二千と三億の年月の待ちぼうけを
5
死の送り火が渡って行き
烏は狙い打ちされるのだ
一羽と
一千の烏たちの住む町に
儀式が始まっているのだ
一羽は目
一羽は歯
あらゆる刑という刑の催展が
あらゆる死という死の催展が
十列横体と一億の烏の列が
死を越えて
死に向かう
死を越えて
死に向かう
だから烏は飛ぶのだ
冬の海を越え
夏の大地を越え
だが、烏が空を知りつくすころ
一羽と一千の烏たちの住む町に
儀式が始まっているのだ
6
或る時
烏たちは立ち上り
烏たちは歩き出すのだ
一人の烏には
突然に、一人の悪が待ち受けている
烏たちは語り始めるのだ
神についてのことを
母についてのことを
そして、烏たちは
死が突然であるように
生誕が突然であったことを語り始めるのだ
7
或る夜
烏は爆発する
突然、地に打たれて爆発する
烏たちは
血と羽が地上に叩きつけられる回数だけ
生み残すのだ
死のための生を
生み残すのだ
ただ、撲殺のためにだけ
それから、烏は歩行する
150ページ目の聖書の上を
烏と神は
次のページでヒソヒソと話し合うのだ
一億の撲殺と
第三次世界大戦と
完全犯罪の方法について
殺さねばならないのだ
悪を
殺さねばならないのだ
神を
8
初めであり
終りであり
時間が宙返りしているのは
烏たちの言葉の中だけだ
風が吹き
言葉が
言葉と言葉に散らばって行くのだ
だから、うまく時間を止めれるのは
うまく時間に乗れるのは
一羽と
一千の烏たちだけだ
初めであり
終りであり
地球の絶壁で
失意の絶壁で烏たちはバランスを整える
すると神様が
空気一面にとろけていくのが見えるのだ
9
死の肉体の中から
不死鳥は羽を拡げ
血を飲み
肉を喰うという
私たちは失意においてのみ
待つことができ
生きてしまえば
明日の期待は朽ちるのだ
蘇れ
一羽と
一千の烏たちよ はいあがれ
既に直立する重力においてのみ
落体の法則は発見された
誰の意志というのでもなく
一羽と
一千の烏たちの葬儀は運ばれて行くのだ
舞い上がる不死鳥を
止まらぬ血の流れを
誰が火葬せよというのでもなく
不死鳥は火葬される
誰が死を信ずるというのでもなく
死は突然に押しよせる
蘇れ
一羽と
一千の烏たちよ はいあがれ
既に私たちは
待ちぼうける死人の群ではない
既に私たちは
死においてすら
ネオンとストロボの神すら信じないのではない
エーテルの荒波から
失意の血だまりが沸きたつ体熱で
私たちは震えながら
明日の通過を見守るだけだ
蘇れ
一羽と
一千の烏たちよ はいあがれ
下降する烏と烏の隙間から
一つの影に
一つの照りは私たちを連れ出すのだ
下降する烏のあとから
死すらも巡らぬ風土へと航海するのだ
10
不死鳥を見る者は
明日に魂の影が映る夜空を見よ
不死鳥を見る者は
三千の失意と苦しみの中から
三億の復活と明日を捕えるのだ
不死鳥を見る者は
すべて明日に至るのだ
そして、明日は
二度、明日を求めもしない
その者は、命と死
死と命を見るであろう
その者は、炎の羽を受けるであろう
恐れる者は、目をふさげ
信じぬ者は、耳をふさげ
不死鳥と
三億の復活の明日を見よ
11
銀河から銀河へと
渡って行く
不死鳥の声を聞け
一千の烏たちの夜から
照りが灯り
私とあなたは待ちぼうけの夜から解放されるのだ
私とあなたは失しなわれて行く世界という世界の中から
震えるようなロマネスクな愛撫をすくい上げるのだ
見よ!
一羽と
一千の烏たちの死刑を
あらゆる刑という形の中から
あらゆる神という神の中から
烏たちは山を砕き
川を埋めて押しよせて行くのだ
列島と列島の隙間へ
うすっぺらの信条だけをたよりに
うすっぺらの舞台に築かれた現実だけをたよりに
彼らはファシズムとなって
死と死
神と神の上を
赤い風船のようなフラフラとした生で
信じられない速度で
どこかへと飛び越して行くのだ
一羽と
一千の烏たちよ
信じるならば空を見よ
おまえの血の臭う空を見よ
銀河から銀河へと
渡って行く
送り火にも似たその姿を見よ
不死鳥を
不死鳥の声を聞け