詩は何ができるか 堀 剛
終わっていく世界を前に
詩は何をできるか
飢餓で死んでいく子供たちを前に
詩は何をできるか
そんな議論を聞いてから 十年
昨夜 Y氏を見舞った
一九二二年生まれ 六十二才
肋骨を一本切り取るほどの大手術を受けて
病室からは
ロイヤルホテルが見えていた
「最も華やかなところです」
そんな一言を付け加え
氏は何を言いたかったのか
慶応英文を出て戦地へと
戦前に日本共産党入党
三度の入獄 職業革命家だった
そして 戦後、共産党を除名となる
「アジア、アフリカの飢餓のために
私は働きたい」
病棟の長い廊下を歩きながら
Y氏の言葉を考えてみた
十年も前のあの議論を思いだしながら
飢えていない人が
飢えている人のために
食べるのを止めること
シモーヌ・ヴェイユの選んだ道は
確かな抵抗だったけれど
それで一人分の命も救えないのだとすれば
自分一人分の信頼すら
僕らは僕らに課すことすらできないのだ
病床で英字新聞を読みながら
自分の小説の出版について語ってくれた
そんな横顔を脳裏に
明日 僕が死ぬならばこそ
僕は詩を書くだろうなどと考えていた
終わるかも知れない世界を見ているのだから
飢えている世界を見ているのだから
今も餓死する人がいるのだから
フェステバルホール
中之島
一人歩きながら考えていた
出典:新日文関西懇談会会報 執筆1985