ヴィトゲンシュタインの哲学と神存在の問題について

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On the Philosophy of Wittgenstein and the Problem of God's Being

堀 剛 Takeshi Hori

1.ヴィトゲンシュタインの神学的関心

ヴィトゲンシュタイン( Ludwig Josef Johann Wittgenstein, 1889-1951) 1)の前期の哲学書である「論理哲学論考」(TractatusLogico-Philosophicus)が書かれた目的は、「人は語りえぬものについては沈黙せねばならない」ということを実証することにあった2)。このことは、とかく神学に於いて用いられる言語が、本来、人間と神との間で生起した相互応答の結果であると言い得るかを検証するのに十分な意義を持っている。彼の言い方を踏襲すれば、語りえぬものについて語ろうとするかぎり、あらゆる宗教はドグマの域を出ないことになる。何が啓示として扱われるべきかは、慎重な考察の対象ではあるが、神学が神による啓示を基礎として展開されている限り、キリスト教は全体として啓示の本質を具備していると考えることができる。しかし、これについても、ヴィトゲンシュタインは神は世界の中に自身を啓示されないと述べ、神学の可能性を閉じようとする3)。ところが、こうした神について語ることへの否定的な言及とも受け取れる指摘とは裏腹に、ヴィトゲンシュタインは神の存在について、かなり深く肯定的な関心を寄せていた。そこでは、信仰と呼んで差し支えないような心情を吐露している。たとえば、1916年6月11日の日記で、「生の意義、すなわち世界の意義を我々は神と呼ぶことができるのである。そして父としての神という比喩をこれに結び付けること。祈ることは生の意義についての想念(Gedanke)である」と述べている4) 。彼は、神すなわち、語りえないものが存在していないものではなく、我々を超越して語りえないものとして存在していると考えている。彼は形而上学的な考察の客体とすることのできない、語りえないものが存在し、それらには沈黙すべきものと考える。同時に、神について論じることも語りえないことであり、沈黙すべきとする。

こうした見解は、神存在を語りえないものとして意識したものであると理解できる。また、そこで意識される超越的な神は、人が記述したり語ったりする言葉に対応するものではなく、人間の言葉の行きわたらないところに在るものと言える。もし仮に、語りえないものについて論じるとしても、論議に使用される言語に対応する何物であっても、言語の及ぶ領域を離れては存在しないと考えねばならない。なぜなら、人間は人間の言語の枠の中で思考し、語りうるという限界がそこに不可避に生起しているからである。

後期の彼の哲学の中で展開された言語ゲームという考え方も同じことを意図していると思われる。すなわち、ゲームとはそれに対応するものをゲームの領域内でしか持たず、そのゲームの体系の外に何物も指示しないのである。よって、我々の言語ゲームを離れたところのものについて、本来人は沈黙しているのである。

「論理哲学論考」では、人は語り得ぬものに対しては沈黙せねばならないという言葉が結論とされるので、人間の側から神について問う場合には沈黙が余儀なくさせられている。他方、神の側からも「神は世界の中に自身を啓示しない」3)という沈黙が主張されている。明らかに神と人間との関係の深淵がそこに存在するとウィトゲンシュタインは考えている。

しかし、彼は語りうるものと語りえないものとの区別を明確にする中で、語りえないものに深く触れていったと思われる。「文化と価値」(Culture and Value) と名付けられて、英独対訳で出版されている彼の晩年の執筆には、多くの宗教に対する記述が見受けられる5)。それらは直接、キリスト教についての言及というよりは、宗教全般についてのものとして読まれうるが、それらを読めば宗教の意義を積極的に彼が評価していたのが分かる。

1937年、彼はパウロについて次のようなことを書いている。「福音書の中におだやかで透明に沸きでる泉が、パウロ書簡では濁った泡がたっているように思われる。さもなくば、どうしてそう思えてしまうのか。ことによると、パウロの手紙の中に濁りを見てしまうのは、私自身の不純さによるのかもしれないし、この不純さが澄み切ったものを汚さないわけがない。だが、私はあたかもそこに人間の情念を見てしまうのだ。それは誇りや怒りのようなもので、福音書の謙虚さとはかみ合わないものである。あたかもパウロは個人的な彼の人格を主張するかのように、しかも宗教的な身ぶりで主張するといったところがあり、それは福音書からはほど遠いものである。私は尋ねたい。といっても、これが冒・とならねばよいが。『キリストならパウロに何と言っただろうか?』・・・略・・・福音書では、私が感じるところでは、すべてに於いて、思い上がらず、謙虚で、純真である。そこには小さな家がある。だが、パウロの手紙には教会がある。福音書ではすべての人間は平等で、神自身も人間である。パウロ書簡では、名誉、位階のような、何か階級のようなものがすでに存在している。これはいわば私の鼻が嗅ぎつけたことだ。」6)このようにパウロへの違和感を彼は持っていた。

聖書に次のようなパウロの言葉がある。「神はあらかじめ知っておられる者たちを、更に御子のかたちに似たものとしようとして、あらかじめ定めてくださった。それは、御子を多くの兄弟の中で長子とならせるためであった。そして、あらかじめ定めた者たちを更に召し、召した者たちを更に義とし、義とした者たちには、更に栄光を与えて下さったのである。」(ロマ 8:29-30)「神はそのあわれもうと思う者をあわれみ、かたくなにしようと思う者を、かたくなになさるのである。」(ロマ9:18)このようなパウロの言葉を予定論的なものとして理解するかどうかは、慎重な分析が必要だと思われるが、ともかくヴィトゲンシュタインがこれらの言葉に関して書いたのだろうと想像される次のような言葉がある。それらはパウロへの強い反発を露にしている。「宗教においては、いかなる段階の敬虔深さもそれぞれにふさわしい形態を持っているに違いない。ある形態は一つ下がった次元においては無意味である。この教義は、一つ高い段階において意味を成すものであり、いまだ一つ低い次元の者にとっては無価値で空虚である。人はただそれを誤って理解してしまうし、この教義の言葉はそんな人にとって無意味なものである。すなわち、私のレベルではパウロ書簡の予定の教説は不愉快で無意味であり、非宗教的なものである。私に差し出されている像を、私は間違った形でしか利用することができないのだから、それは私向きではない。もし、それが教義のすぐれた神的なモデルであるとしても、まったく異なる次元にいる人のためのものである。そのような人は、私に可能であるのとは完全に違った方法で、その人の人生にその教義を利用するに違いない。」7)

ヴィトゲンシュタインにとっての、パウロの予定論的な見解への違和感は世界観をどのように置くかの相違によるものであろう。パウロの予定論的な言動を意義あるものとは、彼は認められなかったようである。彼は予定論的な見解の意義そのものを否定している。「ある人が次のように教えられたとしよう。君がこれこれのことをして、かくかくのごとく生きるなら、君の死後、君を永遠の苦しみの場所へ連れて行くような存在者がいるのだ。たいていの人間はそういう場所へ行くことになり、ほんのわずかな人々だけが、永遠の喜びの場所へ行く。この存在者は、あらかじめ良い場所へ行く人を選んでいたのであり、ある種の生き方をした人は苦しみの場所へ行くわけなのだから、救われない人もまたあらかじめそうした生き方を定められていたのである。いったい、そのような教義が何に影響を与えるだろうか。その教えで語られているのは、罰ではなく、むしろ一種の自然の必然性なのだ。だから、この見解において、君が誰かに何事かを示すことがあったとしても、人はその教義から絶望とか不信仰しか引き出すことができない。」8)

ヴィトゲンシュタインが1949年に記した予定論への反論は、以上のようなものである。イエスとパウロの隔たりをどのようなものと考えるかは本論の領域からはそれるものであるが、あえて、ヴィトゲンシュタインがどちらに近いのかと言えば、圧倒的にイエスに近いのかもしれない。教義学的なものに対して、彼は懐疑的であったことから、教会の組織を形成したパウロよりも、イエスに惹かれたのであろう。ヴィトゲンシュタインはカール・バルトにも、共感しなかったようである。ヴィトゲンシュタインは言葉がそれぞれの人間の生活空間から出てくるものである限り、言葉がさまざまに異なる生活の場で生み出す差異が存在すると考える。そのことから彼の生活の言葉にバルトの言葉はなじまないと言うのである。ヴィトゲンシュタインは、バルト神学を指し示しながら、神学のある独自な言葉やフレーズの用法に頼り、他のものをしめ出すような神学は何も明確に語ることはないのだと述べている9)。バルトの言葉も含めて、教義の言葉はヴィトゲンシュタインにとって、意味を感受できるものでなかった。言葉が語られることによって、何か実体的なものが想起され、それがあたかも実在するかのような観念に連なることをヴィトゲンシュタインは読み取り、反発していると思われる。バルトについてのこの見解は1950年に記されたものであるが、その頃のヴィトゲンシュタインは後期の哲学を完成していた。彼によれば、言語は一定の生活空間との関連の中で、網の目のような構造を持っている。言語の本質が言語ゲームという言葉で説明される。例えばチェスの駒がつくり出す様々な動きがゲーム内の出来事であり、ゲーム内においてしか互いの駒は何事も指示しあわないように、言語も形而上学的な何かに対応しているのではなく、言語はあたかもゲーム内にあるかのように、生活形態の中で生活に対応したものでしかないのである。このような後期の考え方は、いわゆる前期の彼の哲学の結論であった語りえないものへの沈黙を、ゲームという形式で言語の本質をとらえることによって、矛盾なく継承していると言える。そのような中では、カール・バルトの語る言葉は彼には死語にすぎなかったのであろう。言語がゲーム内にあるのだとすれば、ゲームの中でしか人は何も語ることができない。神学という言語ゲームに直接、身を置いてはいないヴィトゲンシュタインには、教義や神学への距離を感じたのである。彼は、「それ(バルトの神学)は、何かを言わんとしてはいるのだが、表現のすべが分からないために言葉を振り回しているのだ。実践が言葉に意味を与える」と批判している10) 。こうした言葉はバルトやパウロに批判的であるが、しかしながら、これ以前の1940年頃、友人のドルーリー(M.Drury )への手紙では、バルトの著作は瞠目すべき宗教体験から生まれたに違いないと書いていたという。11)

以上、キリスト教の神学と直接的な関わりのあるヴィトゲンシュタインの言葉を紹介した。次章では、「論理哲学論考」における前期ヴィトゲンシュタインの世界観の構造と、そこにおける神の場を考察する。