催眠の入りについて 堀 剛
これまで多くの方に催眠を使ったセラピーを行って来ましたが、催眠にまったく入れない人というのも、ごく一握り程度は確かにおられます。催眠にはイメージを使うものと使わないものがあるので、そこでも入るとか、入らないという差は当然起こります。縁あって私のところへ来て頂いた方の中では、数パーセントの方がイメージの催眠を受け入れられないという程度でした。
では、催眠に入れない場合にはどうするか、それはセラピストにとっても、クライアントにとっても大きな問題です。様々なケースを経験させていただいて言えることは、催眠に入れないというのも一つの症状の中に含まれるということです。あまり過度な疲労やストレスがない普通の状態のクライアントは深さの差はあっても、まず間違いなく催眠に入ってリラックスができるものです。
あるいは、よく言われるように、クライアントとセラピストの間にラポール(信頼関係)が出来ていないということもあるのかも知れません。でも、ラポールはクライアントが催眠を受けたいから来られているのであり、そこに一定の了解が成り立っていると言えるので、それはあまり決定的な原因とは思えません。
当方では、催眠を行う前に必ず心理査定を行いますが、その時点である程度まで催眠誘導が可能かどうかを判別するようにしています。また、催眠にかからないということで、リラクゼーションのトレーニングをさせていただくことで、症状が緩和して、催眠にどんどん入れるようになられた方も多くおられます。リラックスするということを身体で習得すれば、そもそも解決すべき事柄と思われた問題も同時に緩和されて行くものです。
要するに、催眠に入れるかどうかが問題ではなく、症状が緩和されるかどうかが問題なのです。催眠の種類によっては、催眠に入れるかどうかでセラピーが成功するかどうかの決定的な分岐点となるものもあります。たとえば、前世療法がその一つです。(もっとも、これもまったく入れない人は十人に一人程度です。)
しかし、そのような催眠も療法の一つとして、症状や愁訴を解決するために行っている一つの方法でしかありません。(少なくとも私の場合はオカルト趣味でそれに関心を持っているのでもありません。方法の一つとしてのみ関心を持っています。)
催眠はショー催眠のように、かかったとか、かかっているという、それ自体が目的なのではなく、それによって問題を解決できるかが問題なのです。それゆえ、催眠「療法」なのです。また、催眠療法はセラピーの方法論の一つでしかありません。
私の場合は、フォーカシングや箱庭療法、自律訓練法、風景構成法などを使うこともあります。また、言語カウンセリングのみのセッションも時には行います。いかにして問題を解決するかは私の最重要課題ではありますが、催眠療法だけが方法とは考えておりません。よって、いかにして、何をもってしてクライアントに寄り添い、どのようなセラピーを提供し、問題解決へのお手伝いを出来るかが一番の課題なのだと思います。