逆説志向 堀 剛

スポーツを愛好する人から、今まで出来ていたはずのあるフォームが急に出来なくなったという相談を受けたことがある。何のスポーツかは具体的に書くことは(プライバシー保護のため)差し控えるが、これに類する悩みは結構多い。

いままで言えていたはずの会社の名前が急に出なくなって、職場でパニックになったとか、覚えていたはずのパスワードを急に忘れてしまい、どうしてもファイルの復元が出来なくなったとか、何となく似たような症状は結構あると思う。

有名な「夜と霧」の著者でもあるV・E・フランクルによる「意味による癒し ロゴセラピー入門」を読んでいると、興味深い話が出てきたので、そのまま引用させていただこう。

「この事例は総合病院の咽喉科の同僚から私に委ねられました。その人は、同僚のそれまでの長年の治療の中でもひどい吃音だったのです。この吃音の人が記憶する限りでは、彼のそれまでの人生において言語障害から自由であったことはただの一瞬もなかったのですが、しかしただ一度だけその例外があったのです。それは彼が12歳の時のことでした。彼は市電に乗ったのですが、乗車賃をごまかしたために、車掌につかまりました。その時、彼は、唯一の逃げ道は同情を引くことだと考え、貧しい吃音の少年であるかのようにふるまおうとしたのです。しかし、彼がどもろうとしたその時、彼はどもることができませんでした。治療目的のためでなく。無意識的に彼は逆説志向を実践していたのです。」

逆説志向という言葉が出ているが、これは何かを出来ないで困っているならば、逆に、それが出来ないという方へ徹底的に自分から出来ないのが当然のごとく振る舞ってみるという暗示を自分にしてみる。そうすると、逆に出来ないはずのことが出来てみたりするという、一見不思議な解決方法を言う。たとえば、「夜一睡もできません。もう、一週間も眠っていないのです。」というような不眠症の人がいたとすれば、では、逆にもう眠らないと心に誓うのである。絶対に眠ってはならないと肝に命じてすごしてみる。すると、やがては眠ってしまうものである。こういったものが逆説志向というものである。

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