何となくファンタジー 堀 剛

かつて、「ファンタジーグループ」という集団絵画療法といった感じのセラピーに参加しました。私もクライアント?の一人として参加させていただきました。

全体でほんの一日半(一泊)の体験でしたが、終わってみるととても印象的なことが多々あります。実は私は当日の朝から体調があまり優れないまま、電車に乗るのも辛い状態で丸亀から松山へ向かいました。でも、初日のプログラムを終えて夜になると、どう考えてもその日の朝、丸亀を出たということが、まるで昨日か一昨日のことのように遠く感じられました。正確にはたった10時間程度以前のことが、もっと以前のことのように時間感覚の少しずれた感じがしたのです。だからと言って、朝から体調が悪かったのがもっと悪化したというのでもなかったですし、身体的に特別元気になった感じがあったわけでもありませんでした。

やがて、二日目のすべてのプログラムを終わってみると、ファンタジーグループのセラピーがほんの昨日、今日の出来事という感じがしないのです。何かもっと長い時間が経過したような気すらするのです。無言で絵を描き、コラージュを作り、粘土遊びをしましたが、どれもこれもやっている時は、どjこか冷めた自分を感じながら作品づくりをしていた自分がいました。でも、終わってみてふと気が付けば、ファンタジーグループの時間の間、私は日常の私についてほとんど思考がストップしていたということに気が付きました。日常の考えねばならない色々な事柄(大学のことや、私が行うセラピーのことなども・・・)のほとんどについて、忘れていたわけではないのですが、明らかにどこか距離を取っている自分に気が付きました。

これだけの事なら、久々のブログの記事にもしようがないのですが、更に不思議なことが起こりつつあります。何となく、気が付けば、ファンタジーグループに行ってから、気分が軽く楽な感じがあります。黙って集団で言葉なしで、一枚の大きな紙に絵を描く。しかも手でべた塗りにします。それが完成したら、題名をつけます。翌日はせっかくの集団による絵画を切り刻んで共同作業でコラージュを作ります。ここでも無言です。第三ラウンドは無言の粘土細工を二人で協力して仕上げます。最後はコラージュをみんなで葬るように焼くという擬似的?儀式を行って終了です。

いやあ、これで何が変わるのか?何が起こるのか?よく分からないままで終わってみると、とても癒されている自分が4日後の今頃になって分かりつつあります。まさに何となくファンタジーではないですか!

心理療法というのは不思議なものです。ファンタジーグループの作業にせよ、私もセラピーとしてヒプノワーク四国で使っている箱庭療法にせよ、癒されていく理由を言葉にする必要などまったく無いようです。でも、なぜか癒されているのです。イメージが癒してくれるのであって、理屈、理論があって癒しが起こるのではないことを身をもって感じさせられた次第です。

(ファンタジー・グループについての参考文献)

「イメージによるグループワークの実際-ファンタジーグループの体験から」 現代のエスプリ別冊 (雑誌2007年6月)

「ファンタジーグループ入門」 樋口 和彦 (著), 岡田 康伸 (著)

 

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