ヴィトゲンシュタインとキェルケゴールにおける神及び伝達の理解の類似性

堀 剛

1)Edited by Richard Bell and Ronald E.Hustwit,“Essays on Kierkegaard & Wittgenstein:On Understanding the Self."これは1976年10月にオハイオ州のCollege of Woosterで三 日間にわたって行われたシンポジウム“Sφren Kierkegaard and Ludwig Wittgenstein: Philosophy as Activity and Understanding Forms of Life."の記録がまとめられたものである。

2)Charles L.Creegan.,"Wittgenstein and Kierkegaard", Routledge,1989,2f.

3)Ludwig Wittgenstein.,“Culture and value", The Universiけ of Chicago Press. 以下CVと略す。特にキェルケゴールの名をあげているのは4ページ分に過ぎないが、思想的な共通性を認めうる表現は他にもあり、それらも本稿で扱っている。

4)Janik,A. and Toulmin,S.,"Wittgenstein'S Vienna,"Simon and Schster,1973. p.176f. 更に、この本全体がウィーンの思想状況に於けるヴイトゲンシュタインの位置づけを試みるものである。(S・トウールミン及びA・ジャニク著『ウィトゲンシュタインのウイーン』藤村龍雄訳、TBSブリタニカ、1992を原文と共に参照させていただいた。)

5)CV.,p 83e.(本書は各ページにドイツ語原文と英文訳とが並置されているが,訳出には両方を参照した。本書のページ番号の"e"は英文ページを意味する。)これは1949年に彼が記した言葉であるが,この年の11月に彼は『哲学的探求』第二部を書き上げている。すなわち,1951年4月29日の死去の僅か二年前の彼の主張が,キェルケゴールの思想に酷似しているということは非常に興味深いものである。彼の初期の著作である『論理哲学論考』に於いても類似性が発見され、ヴィトゲンシュタインがキェルケゴール的な思想に極めて近いところに生涯にわたって立ち続けたということが想像される。

6)IA 94 (No, 3245), Søren Kierkegaard's Journals & Papers,Vol.3, edited and translated by Howard V.Hong and Edna H.Hong, Indiana University Press, 1975. (以下J&Pと略す)

7)Kierkegaard, S.,"Concluding Unscientific Postscript", trans. David F. Swenson and W.Lowrie, Princeton, Princeton University Press for the American-Scandinavian Foundation, p.339.

8)CV.,p53e.

9)Kierkegaard. S.,"Training in Christianity",translated by Walter Lowrie, Princeton University, p.140f.

10)CV.,p.64e.

11)Kierkegaard, S・,"Concluding Unscientific Postscript", trans. David F. Swenson and W. Lowrie, Princeton, Princeton University Press for the American-Scandinavian Foundation, 1944, p.33.

12)ibid, p.116.

13)ibid, p.116.

14)CV.,p.28e.

15)Kierkegaard, S., "Concluding Unscientific Postscript", p. 25.

16)CV.,p.32e.

17)Kierkegaard, S., "Philosophical Fragments", edited and translated by Howard V. Hong and Edna H. Hong, Princeton University Press, 1985.

18)ヘーゲル.G.F.W.『精神の現象学 上巻』(ヘーゲル全集4),金子武蔵訳,岩波書店, 1975 (S50), p.7. (Hegel, G. W. F.,"Phanomenologie des Geistes" ).

19)IV 179. (Kierkegarrds, S.,"Philosophical Fragments,"edited and translated by Howard V.Hong and Edna H. Hong, Princeton University Press, 1985, p.9.)

20)IV 181.(ibid.p.11.)

21)cf.IV 185. (cf.,ibid., p.15)

22)IV 194.(ibid.,p.25.)

23)IV 207.(ibid.,p.39.)

24)CV.,p.82e.

25)CV.,p.85e.

26)Ludwig Wittgenstein., Wittgenstein und der Wiener Kreis von Friedrich Waisman, Schriften 3, Suhrkamp Verlag, 1967. p.68.

27)Ludwig Wittgenstein., "Tractatus Logico-Philosophicus,"Schriften I, Suhrkamp Verlag, 1963. No.7.(以下、本文中に原文の通し番号に"T7"のように記す。)

28)CV.,p.2e.

29)Ⅲ 112, (Kierkegaard, S.,"Fear and Trembling," edited and translated by Howard V. Hong and Edna H. Hong, Princeton University Press, 1983, p.62)

30)Ⅲ 120 (ibid.,p.71.)

32)Cf.Ⅲ 111f.("Fear and Trembling" p.61f.)

33)Ⅲ110.(ibid.,p.60.)

34)Charles L. Creegan.,"Wittgenstein and Kierkegaard", Routledge, 1989, p 31f.

35)ibid., p.33.

36)ibid., p.40.

37)ibid., p.41.

38)Kierkegaard, S.,"Training in Christianity", Translated by Walter Lowrie, Princeton University,1972, p.132f.

39)ibid., p. 140f.

40)前期において日常言語を哲学の言語と区別したことは,やがて後期の『哲学探究』の言語ゲームという新しい考え方を産み出す契機になったと思われる。前期と後期の彼 の言語についての思想が極端な変化を見たとするのは早計であると思われる。『哲学探求』には少なからず、前期の哲学と通底するものが存在すると思われる。

41)ibid,p.133f.

42)『論理哲学論考』では、「示す(zeigen)」と「語る(sagcn)」は区別して使用されている。黒崎宏著『ウイトゲンシュタインの生涯と哲学』勁草書房、1980、p.146以下 には、「語る」と「示す」という語の『論理哲学論考』に於ける用法が詳しく分析されている。特に「示す」は4通りの用法が用いられているのが本書によって論じられている。

43)CV, p.50e

44)Ludwig Wittgenstein,“Zettel", ed.G.E.M. Anscombe and G.H. von Wright,1967, no.717.

45)この事は、ヴイトゲンシュタインが意義を表現できるのは、ただ事実性のみである(T3412)と考えたことと関連していると考えられる。事実性とは身体性と置き換えることが可能であると思われる。そして、ヴィトゲンシュタインの『哲学探究』に代表される後期の哲学が、身体性及び事実性としての言語の用法の問題に関心が向けられて行ったと思われる。

*『論理哲学論考』の引用には、「ウイトゲンンユタイン全集1 (大修館)」の奥雅博氏訳をほぼそのまま引用させていただきました。他はすべて私訳を付しました。

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