ヴィトゲンシュタインの哲学と神存在の問題について
注.
注1)ヴィトゲンシュタインの思想は、1933年に第二版として現在の内容になった「論理哲学論考」を中心とする前期と、彼の死後に出版された「哲学探求」を中心とする後期に大別される。
2)Ludwig Wittgenstein.,Tractatus Logico-Philosophicus, Schriften Ⅰ, Suhrkamp Verlag, 1963. No.7.(以下TLPと略し、各節番号にNo.を付す。)
3)TLP.,No.6.432.
4)Ludwig Wittgenstein.,"Note Books 1914-1916", edited by G.H.Von Wright and G.E.M. Anscombe with an English translation by G.E.M. Anscombe, Harper Torchbooks, 1961. p.73f. (以下NBと略す)
5)Wittgenstein,L.,Culture and Value, edited by G.H.Von Wright, translated byP.Winch, The University of Chicago Press,1984.(以下CVと略す)
6)CV., p.30.
7)CV.,p.32.
8)CV.,p.81.
9)CV., p.85.
10)CV.,p.85.
11)cf., Fergus Kerr, Theology after Wittgenstein, Basil Blackwell, 1986, p.152
12)cf.TLP.,p.8.
13)NB.,p.74.
14)TLP.,No.6.41
15)TLP., No.6・41
16)NB.,p.72f. 1916年6月11日の日記。
17)NB.,p.73. 1916年7月5日の日記。
18)TLP., No.5.6
19)TLP., No.5.61
20)TLP., No.5.62
21) 末木剛博著「ウィトゲンシュタイン論理哲学論考の研究Ⅰ」(公論社、1976、p.414)では、前期ヴィトゲンシュタインの唯我に於ける二重構造が次のように要約されている。 (1)個人的経験的世界に関しては唯我論 (2)超個人的論理的世界に関しては非唯我論
22)TLP.,No.4.115
23)NB.,p.74. 1916年7月8日の日記。
24)NB.,p.74. 1916年7月8日の日記。
25)NB.,p.74. 1916年7月8日、この日記が記された年、ヴィトゲンシュタインは27才で、第一次世界大戦で戦場にいた頃である。「論理哲学論考」はまだ発表されていない。だが、1914年から16年の日記には、その基礎となる考察が多く記されている。
26)NB.,p.74. 1916年7月8日の日記。
27)TLP., No.6.432
28)TLP., No.3.031
29)TLP., No.5.123
30)TLP., No.4.115
31) これは1929年12月30日シュリック邸でヴィトゲンシュタインの語った言葉である。Ludwig Wittgenstein., Wittgensteinund der Wiener Kreis, von Friedrich Waismann, Suhrkamp Verlag, 1967. p.68.
32)Ludwig Wittgenstein.,"Wittgenstein's Lecture on Ethics", The Philosophical Review Vol.74, No.1, 1965. p.11f.
33)TLP., p.9. (序文より)
34)Jean-Paul Sartre.,Existentialism and Humanism, translated by Philip Mairet, A Methuen Paper Back, 1987, p56. 本書は1945年サルトルがパリで行った講演である。
35)Ludwig Wittgenstein.,"Philosophische Untersuchungen",Basil Blackwell, 1953, No.19 (p.8).(以下PUと略す。各節にはNo.と付し、ページも併記する。)
36)PU., No.201 (p.81).
37)PU., No.242 (p.88).
38)PU., No.6 (p.4).
39)PU., No.5 (p.4).
40)PU., No.6 (p.4).
41) ヴィトゲンシュタインは、私的な体験に関する本質的なことは、各人が自分固有の標本を持つことではなく、他人もこれを持っているのか、それとも何か別のものを持っているのかを誰も知らないということだと言う。 PU., No.272 (p.95)
42) このような言語をヴィトゲンシュタインは私的言語 (private Sprache)と呼んでいる。それは「他人は誰も理解しないが、私は理解しているように見える音声」なのである。( PU.,No.269, p.94) たとえば、そのようなものの一つは「痛み」である。それは他人には伝達されないが、痛みという共通言語を持っている。
ヴィトゲンシュタインの原典の引用には、拙訳を試みたが、以下の翻訳書及び論文中での引用訳等を参考にさせていただいた。
Ludwig Wittgenstein., "Tractatus Logico-Philosophicus"., translated byD.F.Pears & B.F.McGuinness, 1974, Routledge & Kegan Paul.
奥 雅博訳「論理哲学論考」ウィトゲンシュタイン全集、 第1巻所収、1976、大修館書店
坂井秀寿訳「論理哲学論考」、1976、法政大学出版局
末木剛博著「ウィトゲンシュタイン論理哲学論考の研究Ⅰ・Ⅱ」1976及び1977、公論社
藤本隆志訳「哲学探求」ウィトゲンシュタイン全集、第8巻、1976、大修館書店
丘澤静也訳「反哲学的断章」、1981、青土社
黒崎宏著 「ウィトゲンシュタインの生涯と哲学」1984、勁草書房